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TOEIC特訓
2007-09-12 Wed 13:28
もうすぐ内定式。ただ認定されるだけかと思いきや結構沢山イベントが開催される模様・・。しかも2日間拘束。
国際的メーカーとして(?)その社員に語学を要求するのは自然なのかもしれないけれど、TOEIC試験を受けるのはかなり憂鬱だったりする。だから今DSを使って特訓中。

新TOEICテスト完全攻略

をやっているのだけれど、正直いってハードル高い。
内容は完全に本番テストを自宅でも!って感じ。リスニングやリーディングパートのパート別練習もできる。

私は留学経験あれど帰国子女ではないためリスニングが今でも苦手。なのでリスニングパートの少し低めのレベルで慣れることに主眼をおいて練習中。実は現在の取得スコアは900点なんだけれど、こっからさらに高得点を目指すには小さいミスをなくして精度をあげていかなければいけないらしい。

上記のリスニングに加えてリーディングも。自分のできる早さで全力で読む。時間があとどれぐらい残されているかすぐに確認できるからペースをおとして焦ることはない。リーディングは一つの文章に対して問題が複数でるんだけど、TOEICはやさしくて必ず設問の順番に答えも文章中にでてくるからここらへんはポイント高い。一問といたらページをめくって次の問題を見る。



ただ、一つ疑問なのが単語の書き取り。日本語から英語に直す練習の機能がこのソフトにはあるんだけど、一番難しいレベルにすると書き終わる前に制限時間がきてしまう。DSの読み取りがにぶいのと私の独特なアルファベットが原因なのか・・この点は「もっと英語漬け」のほうが優れている気がする。読み取りの感度はいいし、書き方に癖のあるアルファベットを事前に登録することができるし。

まあ・・ある程度単語を覚えている人でないとなかなかDSで手軽に単語と触れ合うことはできないみたい。それでもDSのすごいとこは書くと読むと聴くができるとこだから語学の勉強には適しているかもしれない。

最初は家でTOEICの会場並みのテンションをだすのは結構大変だったけど、徐々に慣れてきて毎日朝起きてからすぐと夜寝る前に集中して勉強することができている。有言実行でやらなければ。
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雨が降るとき
2007-09-06 Thu 21:49
台風がくる、台風がくると朝のニュースでずっと言っていたのが現実のものに。
昨日の夜からこの時期には異常な湿度の高さにやられてどうにもおかしいなとは思っていたけれど。窓に激しく打ち付ける雨は一向にやみそうにない。

夜に用事で地下に入ることがあったんだけど、どうにもこうにも地下に水が入ってきたらどうしようと思うと自然と作業も進んでいった。圏外、窓ナシ、階段以外に上昇手段なし。この3重苦なのにパソコンでmixiやってるおじさん、大丈夫?

変にテレビのアクセス回数が増えると知識が増えて怖さが倍増する。
東京の地下鉄は結構危ないらしい。徒歩通学の私にとっては地下鉄浸水ももちろん危ないと思うのだが、食物への影響も見逃せない。野菜や果物の値段があがるとただでさえ物価の高い居住区域の人間には悲劇的なのである。



そういえば去年私が参加した就職活動セミナーが今年もあるらしい。
元ゼミ同期に誘われてなんとなく試験を受けて参加権利は得たものの、途中救急車で運ばれるという歴史的にだめな体調のせいで3回のうち1回しか参加できなかった。

去年一緒に参加した19人のメンバーは思い思いのところへ就職を決めたようだ。元から名だたる大学出身の子ばかりで驚いたが結果もしかり。何も知らない人が結果だけを見れば一目で参加してみたくなるといっても過言ではない。去年の私もそんな感じだった。ただ、実際自分が就職活動をしてみて思うことは、誰も楽して内定をとった人はいないということである。本当にいきたいところにいける人なんて一握りしかいない。もともと適性のない人、運がなかった人、頭が悪かった人・・などいろいろあるけれど基準は依然として黒いベールの内側感が強い。根気強く取り組まなければならないものだと思う。
にしてもうちらの集まり、全然開催されてない。どうなってんのかな。
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悩みつきない悩み
2007-09-02 Sun 09:35
やりたいことをやりたいというのは結構簡単なことだけど、やりたくないことをやりたくないといって拒絶するにはかなりの時間と労力を必要とするのではないかと大学に入ってから思うようになった。

高校時代はもうめちゃくちゃで、学校に行く気もなければ、家で勉強する時間ももとうとせずフラフラしていたらあっという間に3年間が終わってしまった。好きな先生(しかしそれは塾という名の外部教育機関なんだけれども)に恵まれて最後まであきらめなかったことがせめてもの救い。今の私がある。

やりたいことをすぐに実践できる機会はすぐにやってきた。それどころか、あれが好きだこれが好きだと根気強く言い続けていれば自ずと機会が沸いて出てくるような時代が自身にも世間的にもやってきたと実感するように。

だけど、時折やってくる穏やかでない波に抗おうとすると大変。自分の決断が周りに大きな影響を与えることを知りながらも、全力でやりたくない宣言を発令するときがやってくる。

この抗いの行為をそうそう繰り返すべきではないことも最近発見。周りに与える影響もそうだけど、自分自身にとって2番目3番目のやりたいこととやりたくないこと第一位はかち合う。だからこそ抗いは10年に一度ぐらいがちょうどいい。一度の抗いは自分のこの先10年分の生き様を決定する轍をじっくり形成していく。


だからこそ次に目を向けたい「めっちゃやりたいこと」の追求。


ちょっと興味がある、他のものより好き程度ではなく、極上の深みある好きを追求してみることもまた、疲れる行為である。
ちょっと好き、では変に将来に期待する。それで落ち込む。目の前にある現実に失望するのは、理想と現実のギャップというより、好き、の方向性や強靭性が足らなかったと思ったほうがいいかもしれない。

めっちゃやりたいことは何も具体的なことでないといけないわけではなく、何かを大切にすることもその一つ。失われてからでは遅い。

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