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うー参った
2007-12-10 Mon 22:57
本を読み終わった。松本清張『砂の器』
前編後編あわせて1000ページほどある推理小説。
昨日から読み始めて、待ち合わせ場所でも粘り、家に帰っても明け方まで粘り、暇があれば読み続けようやくゴール!

本当に素晴らしかった。

登場人物の描写が完璧に暗い。あいにくトリックは音楽を自分がやってることもあってすぐに気がついてしまったのだけれど。とにかく読んでる節々から作者がどんな性格の持ち主かわかるような作品である。久々に感動した。志賀直哉にしろ、金原ひとみにしろ、基本的にアングラもしくは陰気な雰囲気に理解度が高い。

すごい生涯です松本清張。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E6%B8%85%E5%BC%B5

家の半分が海の上にせり出した杭の上に乗る・・

昔の政治や経済の発展は差別やマイノリティの絶対的虐待の上に成り立っていたのだろうといわざるを得ない。環境汚染にしろ、伝染病にしろ。密かに隔離され、知らない間に消えていった人は数知れず。事象があるから対策がなされる。そういう行政の仕組み。

さて現代、前者には皆の関心が集まり、後者に関しては、医療技術の発達により治せない病気は着実に消滅しようとしている。しかしながら、俗に言う社会的生活レベルが向上すれば今度は文化的生活の豊かさの追求が始まる。ことに宗教や民族文化などに依拠した幸福の追求は法律の整備により、より高みを目指すに尽きる。その結果としてまた解決されない不和が増えている。国家が国家として成立しうるのは、それらの形にならない幸福の追求が何らかの正当性をもった国家制度のもとにかろうじて押し込められているからである。

とりあえず、この先当分国家の境界はなくならないと仮定する。その中でひしめきあう違った文化や宗教。そこで生じる異宗教への不寛容や文化への非適応性こそが今の多元的社会を形成していると言わざるを得ない。必然的に、社会で声高にさけばれる「他人を思いやること」という言葉にも懐疑的になる。

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