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劇的の後は
2007-02-19 Mon 08:44
演奏会の翌日の気分とは?

ぼんやり。


初参戦したヴァイオリン会なるもので、後輩ちゃんと散々騒ぎ、潰れた人差し指の痛みをこらえつつ帰宅。お花を花瓶にいれて化粧落として髪の毛解体して服脱いで水をがぶ飲みして就寝。

演奏会後、一つ一つの片付けが、もうこれから先当分するものではないと思うと、この瞬間の自分の形を窒素で固定して切り取りたくなるけれどそれができないからやはり瞬間なのだと思う。いろんな物が、ほどかれてしまった。



この楽団には遺言制度が存在し、最後の演奏会のパンフレットに載る。学部3年の私もここでは4年なので僭越ながら少し書かせていただいた。
その文をブログにも載せておく。

劇作家木下順二が『”劇的”とは』の中で記したドラマというものが、無限の時間と空間を凝縮して形成された小宇宙ならば、私達のオーケストラもまたドラマである。楽器は必要な技量があれば誰でも奏でられるし、一通りの演奏がされる。しかし、ワグネリアンの音楽は一人ひとりの経験や思いが今この瞬間に凝縮されて演奏会が完成するからだ。

(恐れ多くも巨匠の本からヒントを得て。)

”劇的”の後はこんなにあっけのないものなのですよ先生。
大学生活は今まで経験したことのないことばかりで、というよりディープインパクトばかりで、小さい感情の起伏にはやたらと鈍感になることに悩まされ続けた。欲望は坂道発車の連続。けれども、昨日ばかりは周りの音楽に耳をすまして自分をゆだねることができた。(先行きが不明瞭という理由で私はヴァイオリンを当分弾かないだろう)



最後に。演奏会に来てくださった皆様、どうもありがとうございました。私は幸せでした。
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