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時間あっちゃこっちゃ
2007-06-11 Mon 23:17
人間はあらゆるものを支配することはできますか?という問題を見かけたのはちょうど5年前のことである。どんな根拠でもいいから自由に発想して答えることのできるいかにも文学部らしい問題で、妄想好きの私は勢いよく書き出した記憶がある。課題文は3つで、どれも”時間”に関するものだった。『モモ』と『ゾウの時間ネズミの時間』がその2つである。

時間を題材に扱った話は大変興味深い。一時人気を博した『Back to the future』や『Starwars』はその代表的なものである。前者はそもそもタイトルを聞くだけで武者震いがするほどである。(未来に帰るってなんだ?!)また後者は主人公の生い立ちやらダースベーダーへ堕ちていく過程が順番に「巻き戻される」ように映画公開されてきた。

と、ここまでフィクションのネタであるが、実際人間がどれほど時間というものを支配できるかという壮大な問いに対する答えのようなものを自分の中に見つけたのではないかと思うのである。


現在私がやっている政治学の勉強は、昔のエライ人が考えた哲学的なものを掘りこして、現代社会に応用していくものである。政治、経済、文化が変容すれども、社会を動かす根本理念はきっと変わらないのである(と信じないことには何も始まらないのが私の研究である。このあたり、平和や道徳という言葉でとりあえずは濁しておく)。そもそも現代に応用できない哲学者はただの一発屋以外の何者でもないのだから。


では人間関係にまつわる時間についてはどうであるかと考えてみると、これも完全とはいえないまでも随分人間の自分勝手な解釈と行動でコントロールされつつあるのではないかという結論に至った。
それはなぜかというと、最近友達に「あんたは目の前のことから逃げている。初心に戻ってやり直せ!」とひたすらに説教されて、ふと私は、自分がスタートラインにたっていながら「前に進む」という選択肢を取らなかっただけではないかと厚かましくも考えていたのである。


それは、人間関係をリセットするという最終系まで至らなくとも、あの日の会話はなかったことにしよう、とか情熱やらテンションやらを抑えるために、人里離れてみるといった方法は、何か問題を抱えていて解決しようと踏み出すときにとりあえず前に進む、という方法と一致するわけではない。あくまで自分勝手なやり方なんだけれども。一方的なんだけれども。

つまりは、ただひたすらに痛々しい傷の残る人間関係に関する時間操作の荒業であるというわけ。
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