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好きだけど不適格
2007-06-15 Fri 09:08
好きだけど、不適格ってことが実は多いことに戸惑う4月5月6月。

後少しで、免許がとれそうだから時々自分で車を運転している姿を想像するのだけれども、あんまり向いてないよなあ運転・・とそのたびに思う。

母親の「アンタはどんくさいからATにしときなさい」という仰せ付けのとおりに、MTからATに変更したのは本当に正しい決断だったと他の教習者を見ていて思うのだけれど、実は(自分でいうのもなんだな・・)運転に関する”カン”はあると感じるのよ。クランクやSカーブもへっちゃら。完全に停止せず惰性ですいーっと進めたの。

だけど、問題は運転中の意識なんじゃないかと。歩いている人、咲いている花、対向車の運転手のメガネなんかが気になって仕方ない。
通常、直進で交差点に入る場合は、右折したい対向車のために待つ必要はないし、割り込みしてくる車より自分の車のほうが優先なんだって思いながら走ろうねと教官に諭されてなんか納得。歩行者と目が合えば、向こうは自動車がいったん停止してくれると思うし、右折待ちの車を眺めれば、向こうはこっちが譲ってくれると思う。だから結論として、結構危ない。


ちなみに、運転って不思議なの。目で追うところに自然と車を持っていくよう、手が操作するのね。ほとんど無意識に。例えばカーブのとき、近くを見ていたら小さく回ってしまうし、遠くを見ていたらなだらかなカーブを描いて曲がっていく。

それに加えて、なんと相手に期待しすぎる危険度の高い車の多いこと!(自分も然り・・)。まだ運転したことないけれど、大阪はもっとこの傾向が強そうだよ。譲って”くれる”、止まって”くれる”。そういう人間の心理が次々と明らかになるまさに(理性の)交差点。

でもさ、仕事の関係もあるし、ほぼ確実に将来運転しなければならないからペーパードライバーになる気はないの。好きなのに不適格だからという理由であきらめて車を運転しないことで起こる不便さやコストの問題に関するストレスと、運転するけれども自分の習性に気をつけていなければならない労力に関するストレス、どっちが大きいんだろ?
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