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見えない消費
2006-10-26 Thu 07:49
大学1年の頃から家計簿をつけているのだが、最近異変が起きている。
家計簿の中身以上に実際の財布が寂しい。忙殺されてあまり気にしていなかったが、最近ようやくその異変に気がつき始めた。

元から家計簿といってもそんなに本格的なものではないので、どの程度正確かわからない。元から大雑把適当な性格なので、きっちりやると続かない。私の家計簿スタイルはレシートで残っているものは記録に残す、大きな額のものは必ず記録に残す、という具合で1000円以下の買い物はあまり正確に記載されていないのである。それでも一週間分の家計簿に目を通せばだいたいのお金の流通が浮き上がってくるものである。

最近前置きが長ったらしくて、指先が疎ましいのだが続けると、その家計簿に最近異変が起きているのだ。なぜこんなに財布の中身がすぐに寂しくなるのか?


理由は明らか。電車や地下鉄に乗る回数が格段に増えたからだ。ワグネルの練習に加えて最近は図書館利用やゼミの用事で電車に乗る。検定試験やイベントにも電車を利用する。定期を持っていない私にはリアルに財布を直撃する乗り物たちである。

なぜ今まで気がつかなかったのか。それは便利さに負けてパスネットをたくさん購入してしまったからだと思う。勝手に、見えないところでお金がたくさん動いているのは、スイカやパスネットがあるからだ。電子的にお金が動いているから自分の消費行動に見えなくなっている。スイカの場合、足りなくなったら券売機で5000円単位でチャージしている。どうりで気がつかない。どんぶり勘定もいいところで、便利さが考える力を奪っている。

たとえば、スイカやパスネットがなければ、毎回ちゃんと運賃表を見上げる行為がある。そのための予備のお金を用意してくる。そのために少し家を早くでる余裕がある。。特に東京では、同じ場所へ行くのにも何通りもの方法がある。値段も随分違う。その思考能力は今や駅○に全権委譲である。またしても私たちの考える力は奪われましたぞ!?

先日日吉に行くのに意外なルートを教えられ、試しに行ってみたらかなり早くつくことができた。余談だが多摩川線から見える景色は素晴らしかった。

思えば、小学生の頃、鉛筆は必ず自分で切り出していた。まさにこの表現。小刀かカッターナイフで肌色の部分を剥きとる作業を毎日自分でやっていた。電動シャープやら携帯鉛筆削り全盛の中真っ向から対立する作業だったが私が3ヶ月だけ通った塾の代表が「自分が毎日使う道具を丁寧に扱うためにも、脳を活性化させるためにも鉛筆は自分で削りなさい」といったからだ。私の塾の先生は剣道会の会長で動作に厳しい人だった。確かに神経を鉛筆の先に集中させる作業は手先を器用にする第一歩ではないか。

教育改革と最近騒がれまくっているが、小学生の勉強に関しては漢字と掛け算と水泳さえ習えば後は自分でできると思う楽観主義としては、いまいち賛同できない。それよりも小刀の使い方とか、A駅からB駅に行く方法と時間と値段の算出練習とかの生活に関連のあるところから教育に精を出したほうが、生活は将来的に”便利に"なると思うのだが。
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